乃東生と冬至
今、私の中で流行ってるので、今回も七十二候の話、と下書きでもたもたしているうちにクリスマスイブになってしまった。どんまいです(自分に)
一昨日の冬至の日から、乃東生、なつかれくさしょうず、という新しい候になった。
ぜんぜん読めない。
夏枯草、生ず、ということらしい。夏枯草とはウツボグサのことで、その別名が乃東。なぜウツボグサがフィーチャーされているかというと、
冬至は一年でいちばん日が短い、太陽の力が弱まる日であることから、死にいちばん近い日とされていた
そんな時期に芽を出すのがウツボグサ、それはまるで希望のようだ
ということらしい。
ウェザーニューズのサイトにそういう記事があったのでリンクを貼ろうとしてたんだけど、去年の記事で、ちょうど1年経ったために削除されたみたいだ。わかりやすい説明だったのに残念。
芽吹きに希望を見る、というのは去年このブログでも書いたことで、とてもよくわかる。
でも、なんだかしっくりこないのは、他の候は「その時季に起こること」を淡々と述べているだけのように見えるのに、希望なんて主観的すぎやしないか、そんな主観的なものが候の選定に関わってくるのか? ということだ。
なんだろう、なんでだ、と散歩しながら考えた。
夏至の七十二候は「乃東枯」、なつかれくさかるる、となる。
冬の最も日の短い時に「生ず」、夏の最も日の長い時に「枯れる」というのは、なんだか逆転しているような、終わりは始まり的な…? とぼんやり思ってたが、よくよく考えてみれば逆でもなんでもない。
冬至を転換点としてだんだん日が長くなるのだから、単純に、始まりなのだ。ここを境に太陽の力はどんどん強くなっていくのだから。
死から生への転換点。再生の時。
そのタイミングでたまたま芽吹くから、夏枯草が選ばれた、ということではなかろうか。ちょうどうまい具合に夏至の頃に枯れるし(実際には花が枯れたように黒くなるだけらしいが)。
と、自分の中で腑に落ちるまで時間がかかったわりに、後から調べたら最初からそういうふうに説明しているサイトもあったりして、今回の記事はいつもに増して内容のない感じになりました。どんまいです(自分に)
いいの、お役立ちブログを目指してるのではないから。自分が考えることが大事なの。そう。
日が最も短い、といっても本格的な冬はまだこれからだし、関東の冬は眩しいほどの晴れ続きで、太陽の力が弱いという感じはあまりしない。
特に我が家の居間は南向きで、日中はとにかく暖かい。暖房なしで20℃近くまで上がる。
でもそれはあくまで昼間の話。
日が落ちると、それまでの暖かさが嘘のように、一気に冷え込む。昼間どんなに熱を溜めたつもりでも、あっという間に冷える。
そしてその温→冷への転換点がいちばん早くやってくるのが、つまりは冬至ということなのだ。
冬至については、夏至との関係や、お祭りや、外国での扱いなど、調べてみたらいろいろ面白そうだったので、もっと深く掘り下げてみたかったけど、それをやっていたら来年になりそうだったのでやめた。でも、いつか調べてみたい。
大学で文化人類学を専攻していた、あの頃にもっとこんな好奇心があったらよかったのになあと思う。
でも、気になったことがウェブで簡単に調べられる(情報は玉石混交とはいえ)今だからこそ、こんなふうに簡単にいろんなことに興味をもてるのかも、とも思う。
個人的には、どんどん辺りが薄茶色くなっていく今の時期にいちばん生命力を感じるのは、木を覆って上へ上へ伸びていく蔦。元気だなあ、といつも見惚れてしまう。
なにもないなにもないなにもない今日に死んで明日によみがえりたい