鴻雁北(いつか見たはずの)

鴻雁北、こうがんかえる。雁が北へ渡っていく頃。雁、は「がん」であり「かり」、どちらも同じものらしい。ツバメが来たかと思ったら雁が去っていく。ツバメは南で越冬して日本で子育てするが、雁は越冬のため日本に来て、北に帰って子育てをする。つまりツバメより雁のほうが寒いところの鳥ということ。

雁といって思い浮かべるのは群れでV字になって飛んでいる姿だ。夕暮れの空に、矢印のように隊列を組んで飛翔する、鳴きながら遠ざかっていくのが、見える。

でも、私はおそらく実際にはそれを見たことがない。だって、雁は北海道、宮城、新潟などの限られた湖沼にしか飛来しないというのだ。その場所に行ったことがない。子供の頃に空を仰いで見たことがある気がするのに(茨城の霞ヶ浦にも飛来するらしいが行ったのは大学生の時だ)どうやら本当は見ていないらしい。どうして見たと思ったのだろう。

 

小学校の国語の教科書に雁の話が載っていた、という記憶があって調べた。椋鳩十「大造じいさんとガン」。題名を見てもまったく内容が思い出せなかったが、Wikipediaによるとあらすじは以下のとおり。長いです、すみません。(読まなくても本文あまり影響ありません)

 

前書き

猪狩りに参加した私は、猟師たちから栗野岳に住む大造じいさんという72歳の猟師を紹介される。大造爺さんを訪ねた私は昔話を聞くうちに、35・6年前に起きたガンの頭領「残雪」との知恵比べの話に引き込まれていく。


1の場面

大造じいさんは、栗野岳の麓の沼地を狩場としてガンを撃っていたが、翼に白い混じり毛を持つ「残雪」がガンの群れを率いるようになって、一羽の獲物も仕留められなくなっていた。そこで、タニシをつけたウナギ釣り針を杭につないだ罠を仕掛けることにした。初日に1羽を生け捕りにしたものの、翌日はすべてのタニシを取られた罠が残っているのみだった。丸呑みを禁じ、引き抜いて食べるように残雪が指導したものと判断した大造じいさんは感嘆の唸りを上げる。


2の場面

翌年の狩に備え、大造じいさんは夏から俵1杯のタニシをかき集め、餌場近くに小屋を立てた。餌場にタニシをばら撒き、降り立った群れを小屋から狙い撃ちにする算段だった。飛来した残雪は、新たに現れた小屋を不審に思ったか、餌場を代えて寄り付こうともしなかった。大造じいさんは憎悪を覚える。


3の場面

3年目の対決に備え、大造じいさんは初年に捕らえたガンを囮にし、残雪の群れを誘導できるよう調教した。囮ガンは大造じいさんの肩に乗り、口笛の指示に従うところまで慣れた。決行の朝、大造じいさんが囮ガンを飛ばす直前、ハヤブサの奇襲を察した残雪の群れは一斉に飛び立った。飛び遅れた囮ガンにハヤブサが襲い掛かる中、残雪が割り込み、ハヤブサと交戦する。射止める絶好の機会を目の当たりにしながらも、大造じいさんは何故か一度向けた銃口を下ろす。墜落し、なおも地上で格闘する2羽を追って大造じいさんは飛び出す。逃げ出したハヤブサと対照的に、血まみれのまま大造じいさんを睨み据える残雪に威厳を感じる。


4の場面

大造じいさんの手当てを受け、傷が癒えた残雪を放鳥する。飛び立つ残雪を「ガンの英雄」と称えつつ、大造じいさんはこれまでの卑怯な頭脳戦を悔い改め、正々堂々の真っ向勝負を誓いつつ、残雪が飛び去るまで見送った。

大造じいさんとガン - Wikipedia

 

3の場面を読んでいるうちにようやく思い出してきた、話の流れを、というより、読んでいた当時の私が、ほう、と思ったことを。真っ白な雪の中で(というイメージだった)血まみれの残雪がこちらを見据えているシーンが印象的だった、ということを。そこに挿絵はあったのだろうか。私の頭の中に蘇るその映像は当時の挿絵なのだろうか、それとも当時の私が想像したものなのだろうか。

 

V字の隊列を組んで飛ぶ雁の群れを見たことがあると思っていたのも、この物語で見たから、という理由な気がしてきた。飛んでいるシーンの挿絵はあったように思う、それが夕暮れだったかは別にして。

だとすると、物語の中の風景を、実際に自分が見たものと混同していたことになる。教科書の静止画を頭の中で羽ばたかせ、それを地上から見上げていた。自分が物語の中にいる。それほど惹き込まれたのだろうか。だというのにあらすじをまったく覚えていないとは、と自分が情けなくなったが、同時期の家族旅行での出来事も親に言われるまで完全に忘れていたものがたくさんあるので、どちらもエピソード記憶とするなら別におかしくもないのかもしれない。

 

今はさすがに物語で見た風景と現実を混同することはない(と思う)けど、映画でも本でも、どっぷりその世界に潜ってからふと横を見ると子供が寝ていて、お…おお、そうかうちには子供がいたか、と思うことはよくある。深く潜れば潜るほど、目の前の、子供と猫がいるこの日常が新鮮に見える。新鮮で、美しい。物語のもつ効用のひとつだと思う。

 

いつか見た景色のなかを飛ぶ鳥を指さしている目を閉じたまま

 


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最近スズメも鳩もいちゃいちゃしている。ツバメもやって来て近所に巣作りを開始しました