鶺鴒鳴(追うほどに)

鶺鴒鳴、せきれいなく。セキレイの鳴き声が聴こえる頃。

 

日本で見られるセキレイは主にハクセキレイセグロセキレイキセキレイの三種だが、繁殖期はどれも春から夏だし、この時期に鳴くってどういうこと、と調べていると、どうやらハクセキレイはかつては本州では冬鳥だったらしい。今では一年じゅうそのへんにいるが、20世紀中頃までは、春から夏に北で繁殖を終えて、越冬のために本州へ南下してきた、それが今の時期ということ。つまりこの「鳴く」は求愛の声ではなく地鳴きのよう。

 

私は鳥を見たりするのがけっこう好きなのだけど(余談だが、鳥からは嫌われがちで、夫の実家で飼っていたインコに鼻をついばまれたり、ペットショップのオウムに突然威嚇されたりする。つらい)その中でもハクセキレイはかなり好きな鳥である。

ハクセキレイという鳥を最初に認識したのは10年ほど前だ。当時の職場の駐車場に、よく舞い降りてくる鳥がいた。おそらく倉庫の軒下かどこかに営巣していたのだと思う。駐車場は資材の積み下ろしを行う関係でだだっ広く、その広い空間を、すたたたたたたと足を素早く動かして走りまわる小さな鳥。なんだあれ、とそっと近づいてみると、尾を上下させながら走って逃げる。立ち止まり、ちらりとこちらを振り返る。私が動くとまたすたたたたと逃げる、測ったように距離を保ったまま。飛ばない。なにこれ面白い。

それがハクセキレイとの出会いで、それからしばらく、仕事が暇になると駐車場に出て彼らの様子を眺めたり、なんとか距離を詰められないか試行錯誤したりしていた。野良猫にやるのと同じ要領で、余所見しながら何食わぬ顔で近づいていくと、いつもよりほんの少しは近づけるが、近づきすぎると飛んで逃げてしまう。難しい。

なので私にとってハクセキレイは、走って逃げる鳥、近づかせてくれない鳥だったのだが、今回「ハクセキレイ」で検索すると「逃げない」という関連ワードが多く出てきて驚いた。スズメなどと違って人間に恐怖心がないので逃げない、などと書いてある。本当に? あの、後ろを振り返りながら一定の距離を保ち続ける、あれは警戒心の表れではないの? もしかして私にだけなの? 私が鳥に嫌われやすいと自覚するのはその5年ほど後だけど、もしかしてあれはフラグだったの??

でも、そういえば数年前に駅のホームで出会ったセキレイ(当時はセグロセキレイかと思ったが黒い部分の多いハクセキレイかもしれない)は、ピーク時間は過ぎたとはいえ朝のホームにいるだけあって、比較的近づくことができた。田舎のセキレイより都会のセキレイの方が、狭いところで生活しているから、人との距離が近いことに慣れているのかもしれない。10年前に見たハクセキレイは、同じハクセキレイ同士の間でもやけに距離をとって歩いていた。人に追われるのと同じように、一羽が近づくともう一羽が逃げていた。パーソナルスペース広っ、と思ったものだった。

 

あの足の動きを見るのがとても好きで、会うとつい追いかけてしまう(だから本当に嫌われているのかもしれない)。あの、何とも形容しがたい、素早い足の動き。できれば広々とした平坦な場所で、存分に追いかけながら見たい。見ているとどこかへ誘われるような不思議な気持ちになる。夢を見ているような気分になる。それはあの頃の私が、いつもどこか夢を見るようにぼんやりと暮らしていたからかもしれないけど。

 


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追うほどに走って逃げる鶺鴒よ足下で白い真昼が融ける