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思えば叶う未来であるなら

先日、美容院に行ってきた。

どんなふうにしましょうか、と言われて、そうねえ、どうしましょうかねえ…と答える。
今回の目的は梅雨に向けて縮毛矯正をかけることだけで、どんな髪型にするかなんて考えていなかった。おかっぱ・ぱっつん禁止令が夫から出ているので、そうならないように、とだけ伝える。あとは適当にやってください。

いつも、何のイメージもなく行って、美容師さんを困らせる。
昔はちゃんと雑誌を見て、これかわいい、こんな感じ、とイメージして行ったのだ。待合室の雑誌を見たりして。
でもそのうち、それは無駄である、と学んだ。
なぜなら私の髪は、太い、多い、硬い、癖毛、の四重苦なのだ。

雑誌のヘアスタイル特集で、このスタイルに適した髪質はこれ、というチャートがよく載っているけど、それがこの四重苦に適合しているのを、私はたぶん見たことがない。
この髪型だと、縮毛矯正のあとにパーマですね、とか言われる。なにそれめんどくさい。そこまで髪にお金かけたくない。
湿気があってもぐねんぐねんにならなければ、それで充分。


思い返せば、そもそも昔から、出来上がりをイメージするのが苦手だった。
算数(数学?)で苦手なのは展開図や空間図形。
絵を描くのが好きだったけど、完成したところを想像できないまま描き始めてみたり。
雑誌やWebですてきな部屋を見て、こういう部屋いいねえ、と思ってもそれを自分に適用することができない。

就活のとき、エントリーシートで、三年後だか五年後の自分を想像せよという課題があったのだけど、なにひとつ思い浮かばなかった。
まあ、働いているかな、とは思うけど具体的なことはなにひとつ。
無理だ、と思ってその会社は諦めた。本当に何も思いつかなかったのだ。

想像力が欠けているというわけではないと思う。物語を夢想するのは大好きだ。
でもそれは、ここではないどこか、の物語。
あるいは、私のようで私でない、架空の私が繰り広げる物語。


未来は潜在意識がイメージしたとおりになる、という考え方がある。
その考え方でいうなら、なんにもイメージできなかった結果の今が、この、なんでもない私である。
合ってる。


ひとりでいたときは、まだ、なんとなくイメージできた。五年後、お金を貯めてここに小さな家を建てる。誰に建ててもらうかも決めていた。淡々と働き、ときどき旅行に行って、好きなものばかり集めて暮らす。
でも、そうはならなかった。
ある音楽に出会い、それはもう恋のように焦がれ、誘われるように東京に出てきて、そこで今の夫と出会ってしまったから。

ためしに五年後を想像してみる。
住宅ローンを払いつつ、小さな庭のある家で、夫と猫三匹(これはもういる)と子供一人(これはいない)と暮らしている。
なんて書きながら全然おもしろくない。
子供ができるかわからないし、それによって私の働き方も違うだろうし、もしかしたらお姑さんと同居になるかもしれないし、もしかしたら、を考えだしたら、五年後もみんな無事でいられたら、それだけで充分じゃないかと思う。
五年後、無事でいられる保証なんてどこにもない。
具体的にイメージしたぶんだけ、不測の事態でそれが叶わなかったら、苦しいのではないか。


ひとつだけ、高校生のときに未来の自分について思ったことを覚えている。
幸せな夢をいつでも見ている、幸せな大人になろう、と思ったのだ。
本当は、しばらく忘れていた。忘れて過ごしていたのが、去年くらいに突然思い出して、そうか…と思った。
幸せな夢。漠然としている、まさに今の私のごとくに。でも悪くはないな。


つなぐ手と猫の寝息と水の音 夢とはすべてここにないもの