紅花栄(おもひでぽろぽろ)

花栄、べにばなさかう。紅花が咲きそろう頃。

最近の七十二候は実際の季節に沿っている感じだったが、紅花は夏の花で、咲くのは6月から7月ということなので、やや早い。

紅花はたんぽぽのように黄色く咲き、次第に赤くなる。花には水に溶ける黄色い色素と、水に溶けない赤い色素が含まれ、赤い色素のほうが少ないうえ取り出すのに手間がかかるため、染め物としては高価になるそうだ。

 

紅花といって思い出すのは、私の場合、何と言ってもスタジオジブリの映画『おもひでぽろぽろ』である。主人公は休暇を取って親戚の住む山形に滞在するのだが、そこで紅花摘みの手伝いをするシーンがある。もう何年も、たぶん15年以上観ていないので詳細は忘れてしまっていて、さっき調べたら紅花摘みがメインなわけではなく他の農作業もしていたようなのだが、私の中では、紅花=おもひでぽろぽろおもひでぽろぽろ=紅花というくらいに強烈な印象がある。

理由はわかっている。母だ。

 

映画は1991年公開。当時、私は回想編の主人公と同じ小学5年生だった(ちなみに4年後に公開された『耳をすませば』の時もやはり主人公と同じ中学3年生だった。余談)。

ある日、今日テレビで見たんだけど、とやや興奮ぎみに母が言った。山形には紅花という花の花畑があって、咲くと真っ赤になる、それをひとつひとつ摘んで赤い染料をとるのだという。初めて見た、綺麗だった、一度見てみたい。そういう主旨の話だった。おそらく映画の公開に合わせた番宣的なものを見たのだろう。今ならぱっと検索して、なるほどこれが紅花、となるのだろうが、当時はインターネットなどないので、母の言葉を聞きながら私は想像していた。赤い花畑。染料をとる…露草のようなものだろうか。触れたら指も染まるのだろうか。きっと湿り気を帯びた赤い花。

おそらく番宣、を見た母に連れられて映画館に行った。紅花畑がスクリーンに映る。思ってたより黄色いな、と思う。そして紅花のシーンは思っていたよりずっと短かった。映画について私が事前に得ていた唯一の情報が紅花だったので拍子抜けした。紅花の映画じゃないのか。

紅花の映画じゃないのか、と思ったにもかかわらず、私の中では今も『おもひでぽろぽろ』は紅花の映画だし、紅花といえば『おもひでぽろぽろ』なのだった。

 

母は(私も)今日に至るまで紅花畑を見たことがない。

母は飛行機に乗ったことがなく、もちろん海外にも出たことがない。そんな母は語学の学習にはまっていた時期があり、NHK語学講座を中心に、独学でイタリア語、スペイン語、フランス語の勉強をしていた。私が高校生の頃からだ。特にイタリア語は熱心で、日常会話の中にちょっとしたフレーズや単語をちょいちょい挟んできていた。おかげで私も今でも単語のいくつかはわかる。スプーンはクッキアイオ、フォークはフォルケッタ。綴りは知らない。

イタリア、行ってみたいなあ、と母は時々口にしていた。大学生の頃の私は、社会人になったら母をイタリアに連れていってあげたいと思っていた。でも実際に働きはじめたら、忘れた。卒業後しばらくフリーターで、そんなことを考える経済的な余裕がなかったせいもあるのかもしれないけど、実家に移ったタイミングで正社員になり、貯金ができるようになった頃には、そんなことはすっかり忘れていた。そして一人で海外に行った、生まれて初めての飛行機に乗って。

 

結婚して子供を産み、仕事もしていない今の状況では、親を海外に連れていくなんて宝くじでも当たらないかぎり不可能だ。今後働きだしたとしても、子供の教育費だの住宅資金だの老後資金だのでたぶん余裕はないし、夫と共にしている家計を自分の親だけに使うわけにはいかない、そうなると自分の小遣い(今はない)をこつこつ貯めて…何年かかるだろう。どうして一人の時に連れていかなかったのか。なんで一人でアイルランドなんて行っちゃったのか。とてもいい経験でした。

でも山形くらいなら連れていけると思う。今は無理でも、働きはじめたら。母はもう忘れているかもしれないけど、いつか夏の、赤く染まった紅花畑を見せてあげたい。

ここに書いておけばもうあの頃のようには忘れないと思いたい。

 

紅い花 まだ見ぬ紅い花にふれ指先染めたあの夏のこと

 

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